救済とは約束である。
最後にはあなたが神への道を見出すという
神による約束である。
時間には終わりがあり、時間の中で生じたすべての想念もいずれは終わると、救済は保証する。
神の言葉は、自分が分離した想念を抱いていると考えるすべての心に与えられ
いずれ、そうした葛藤の想念を平安の想念に置き換える。
神の子のが 戦いを思いついたその瞬間に
平安の想念が彼に与えられた。
心が分裂しているときには、癒しが必要である。
だから、分裂を癒す力のある想念が、心の無数の断片の一部となった。
心は依然としてひとつであるのに、一体性を認識できなくなっている。
救済とは取り消しである。
それは、何もしないということにより
夢と悪意の世界が維持されずに消えていくという意味で、取り消しである。
救済は幻想を去らせる。
神の言葉が書き込まれた祭壇の前に
赦しの贈り物が供えられている。
私たちは毎日この神聖なる場所を訪れ 少しの間、ともに過ごそう。
ここで、私たちは最後の夢を共有する。
あらたな視座から見える大地は、今、生まれ変わりつつある。
夜は去り、光の中で、私たちはひとつに集結した。
この場所から私たちは世界に救済を与える。
ここで救済が受け取られたからである。
私たちの歓喜の歌は全世界に呼びかける。
自由は戻っており
時間は間もなく終わる、と。
父を思い出し、夢が終わり、永遠がその光で世界を消し去り
存在するのは天国だけになる、と。