世界の救済は私にかかっている
神の意志が地上においても天国においても行われるということをただに意識する。
この世界を救済するための天国の計画のもとに地上のすべての意志を合一させ、この世界に天国の平安をもたらす。
自らの機能に抗うことはやめよう。
それが完璧に達成されるための手段は与えられている。
恭男の主題概念は、その意味がわからないうちはひどく深刻なものに思えるかもしれない。
そこで言われているのは
あなたの父が依然としてあなたを覚えていて
わが子であるあなたに完璧な信頼を差し出しているということである。
自分に与えられた仕事から尻込みするようなことはしない。
神ご自身を代弁する呼びかけを否定するのは傲慢である。
偽りが真理だと証明しようとするあなたの計画は自分自身に牢獄をもたらしてきたが
そこから解放される道が一つあり、それが唯一の道である。
謙虚な者は、自らの本性について
あるいは何をすべきかについて教える声を自由に聞くことができる。
全ての幻想は、自分で自分のために何か別の機能を作り出せるという
異常な信念の上に成り立っているのだから
私たちは今、神に与えられた機能を受け入れる。
あなたの計画は不可能だが
神の計画は、神がその源であるのだから決して破綻することはない。
神の声が指示する通りに行いなさい。
神は悲しみを知らないが、あなたを慰める。
神は完全であるが復元しようとし
あなたがすでにすべてをもっていると知りながら
あなたに贈り物を与える。
神は必要というものを知覚しないが
神の子が知覚するあらゆる必要に応える想念を有している。
愛は与えずにはいられず
神の名において与えられるものは
形態の世界の中で最も役に立つ形をとるからである。
赦しは愛の地上的な形であり
愛は天国においてそうである通り、形をもたない。
しかし、ここで必要とされるものは、必要とされる形でここに与えられる。
この世界の救済は赦すことのできるあなたにかかっている。
それがここにおけるあなたの機能である。